この記事は、Twitterでも話題となった円城塔さんの『文字渦』のレビューを書いています。
円城塔「文字渦」は編集・営業・DTP・印刷、全ての人が泡吹いて死ぬ本→「電子化不可」「読者の限界が試される」「校閲者の気が狂う」と阿鼻叫喚 – Togetter https://t.co/eg6EqnYvgZ @togetter_jpさんから
— 新潮社出版部文芸 (@Shincho_Bungei) 2018年8月16日
もちろん、話題となったページも面白かったのですが、
第43回川端康成文学賞受賞作というだけあって、
私的には内容のほうがもっと衝撃的でした!
架空の世界と、その世界における文字という存在。
あまりによくできていて、
そんなはずないのに
本当にそうなんじゃないか、本当にあったんじゃないかと、
脳が勘違いしそうなお話が続きます。
こんなに身近な文字という存在なのに、
初めて出会ったかのような、まったく知らない一面を見てしまったかのような驚きの連続でした。
なかなか難しいお話ではありましたが、
私なりに各話のあらすじと、感想を少し書いてみました。
読んでいて、私の教養が足りないと感じることが多々あったので、
読み間違えていたらすみません…。
記事の最後に全体を通しての感想を書きましたが、
こちらはネタバレを気にせず書いたので、
まだ本を読んでいない方はご注意ください。
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【文字渦】各話のあらすじと感想
『文字渦』は全12話の短編からなっています。
ここでは各話のあらすじと、
感想をひとことずつ書いています。
あらすじで話の大筋の内容がわかっても、
『文字渦』の面白さは、『文字渦』に出てくる文字自体にあるので、
あらすじだけだと、物語のファンタジー感・SFっぽさしか伝わらないのですが、
実際に読む際の参考になればと思います。
【文字渦】文字渦
あらすじ
秦の始皇帝の時代に、陪葬*1坑に収める陶桶*2を作っていた桶*3が、
嬴*4に呼ばれ、その姿を写し真人の像を作ることを命ぜられる。
現代になり、その陪葬坑が発見され、その桶を模した桶の元から、
解説もなく三万もの文字がただ記されただけの竹簡が見つかる。
その文字は全て「人」の形を含むものだった。
わたしのざっくりとした注釈
*1主君の墓のそばに近臣たちを葬って墓を建てること
*2陶製の人型の像
*3人型の像を意味し、それを作る陶工たちの呼び名でもある
*4秦の始皇帝の姓
物語の概要としては上に書いたような感じなのですが、
桶による物語というよりは漢字による歴史物語。
記号的に漢字を生み出す者と、
漢字によりその実態がゆらいでいる者。
複雑で難儀な部分もありますが、
面白い切り口のお話でした。
【文字渦】緑字
あらすじ
森林朋昌は膨大なプログラミング用語と思われる英数字と、
断片的な日本語でできたテキストファイルを調べていた。
無機質な英数字の海に浮かんだ、
日本語のテキストでできた島々。
その諸島を探索しそのファイルの構成を思索する。
その探索で発見された日本語のテキストでは、
すでに知られている文章などのほかに、
発光する文字、光る部首についての、架空の文字発見史や、
出力フォーマットが見つかる。その単位は天文単位で、惑星の位置を示していた。
不思議なお話でした。
私の読解力が足らなくて、
ちゃんと要約できているのか少々自信がありません。
このファイルが、読み出されるたびに変異を重ねていくことはまだ秘められたままだ。
とか、
第四紀*が開始されるとするならば、それは、蛍光部首を導入されたこのファイルが実行されたときのことになる。
*ファイル探索の第四紀
とか、
森林は本来、第四紀の住人である。
をそのまま読むと、架空と思われる文字発見史はこれから起こり得る文字の物語だったということなのでしょうか??
【文字渦】闘字
あらすじ
主人公であるわたしが、
阿語についての調査旅行の途中、
ある街に立ち寄る。
その街である老婆に出会い、「闘字」という文字を闘わせる遊戯の存在を知り、
石氏という人物に闘字の歴史について教えてもらう。
老婆も石氏もわたしがある字を持っていることを感じ取る。
そして石氏はわたしに
「明日、是非一手お手合わせを願いたい」
と言い、翌日闘字を行うことに。
そこで闘かわせることになった字と、その字の勝敗の理由は。
闘字という架空の遊戯と、
闘字を行う際に利用したものとして出てくる、実際に存在する『説分解字』。
偽の歴史と現実にあるものが交錯し、
不思議な世界観を生み出していました。
最後に出てくる二つの漢字とその勝敗の理由も、
いったいどこから思い浮かんだのだろうと、
かなり驚かされました。
【文字渦】梅枝
あらすじ
主人公が高校時代からの知り合いである境部さんの元に、
本を貸してもらいに訪れている。
ここでいう本は、木を原料とする紙のことで、
その上位互換性を満たしたものとして、
切り貼り折り曲げ自在な極薄のディスプレイでできた新型の紙(ここでは帋とする)に置き換えられるようになっていた。
境部さんは、テキストデータ自体は本ではないとして、
自ら本を作り出すこともあり、
境部さんの名が知られるようになったのは、
帋の本における
文字レイアウトを担当するプログラミングを書いたことであった。
そんな境部さんが最近取り組んでいることは、
決まった文字のレイアウトを一歩進めて、
そのまま筆を揮って字を書くソフトウェアであった。
その試みの一つが「みのり」。
みのりは源氏物語の『御法』を写すためにつくられた機械で、
その内容を理解して筆を運ぶ。
そのみのりに、
他の文字(別書体での源氏物語の『梅枝』)を書かせることにより
文字と書記との関係に気づき、
文字についてのある考えにつながる。
紙の概念の変化はすでに電子書籍という形で始まっている現在ですが、
このお話では、
すでに大きな変化が過ぎ去ったあとの世界を想定して描かれていました。
文字の概念にまつわる未来のファンタジーであり、
物語の世界では過去の文字にまつわるファンタジーって感じでしょうか。
【文字渦】新字
あらすじ
西暦六六六年、遣唐使として境部石積(さかいべのいわつみ)は泰山にいた。
その頃、唐の支援を受けた新羅が百済を滅ぼし、
百済を助け復興を目指した日本は白村江の戦いで敗戦していた。
今後予想される、唐の日本侵攻を食い止めることが交渉の目的であった。
泰山では、皇帝(高宗)により封禅の儀式が行われていた。
この封禅の儀式は、皇后の武則天が高宗に執り行うことを公的に請い、
高宗が受け入れたものだった。
境部は12年前にも学生(がくしょう)として遣唐使の船に乗り込んでいた。
そのときに、阿羅本(あらほん)という宣教師に出会い、
中国よりも古い歴史を持つ国々、滅びた国々を知る。
また、滅亡した文字や滅亡においやった阿拉姆(あらむ)文字、「阿語」についても。
境部はかつての知人のもとを訪れ、滅亡した文字を使って揺さぶりをかけ、
皇后・武則天へ文字にまつわる進言を伝える。
境部は文字の持つ力を利用できるのではと考えた。
境部石積という人物なのですが、
実在する、天武天皇のもとで『新字』1部44巻を編集した人物です。
滅亡した文字に対する阿語。
武則天が行った文字に対する施策。
さまざまな「新字」にまつわる事柄が交錯し、
読み込むほどおもしろさが増す、そんなお話です。
【文字渦】微字
あらすじ
本層学という架空の学問の学者であるわたし。
(このお話のなかで)本は生き物として高みを目指して移動するが、
たいていの場合下方への移動を続けている。
本は層をなしており、
その本の層を掘り返し歴史を読み解いていくのが、
本層学という学問である。
本の層を形成する石の種類を見極め、
示準化石(層の年代を特定する)と示相化石(当時の周辺環境を推測する)を探す。
ここでいう化石とはかつて存在した文字たちの石化した姿だと考えられており、
例えば示準化石として利用されるものに「木」「月」「日」「曰」があった。
わたしの専門は微化石として、
顕微鏡下で見出される微小な文字たちの化石である。
微小な文字の生物群は、ある時期に進化を遂げ膨大な数となった。
この文字群が爆発的に多様性を増した時期に登場した記号を総称して阿語生物群と呼んだ。
化石となって発見される文字。
その中で、顕微鏡でなければ見られず、
人が存在する前にあったとされる生き物としての文字のお話。
生き物としての文字が巨大な生物群であったのだと、
設定の構築が緻密なせいか、
本当にそういうものが存在するような気がしてきます。
【文字渦】種字
あらすじ
ある日夢に現れて以来、『大日経』の意味を摑むために海を渡り唐にやってきた。
わたしは『大日経』の読解に励んでいるが、なかなか意味が通らなかった。
今やおおむねのところはわかってきたが、
理解することはできないと証明させる種類の経典なのかもしれないとも思わせた。
経典について考えていくなかで、
仏教と文字と梵の教えとの違いからある考えが思い浮かぶ。
文字が種字となって成長、変化していくことはあるのか。
時代がかわって山科に住む境部さんのもとへ訪れるわたし。
近所である妙な生き物が見つかったという。
それは境部さんのいうところの、タイムマシンの種字のような形をしていた。
文字が種として成長していく、
そんな文字が地中から発見されるという、
今度は生きている文字のお話です。
経典を理解するための考察から、
種字へと繋がるストーリー展開に驚かされました。
【文字渦】誤字
あらすじ
遠い昔、1996年、ハングルの大移動が起きた。
ハングルとは民族のことではなく、
朝鮮語を表記するための表音文字のことである。
ハングルの大移動の原因はわからないが、
各文字は侵略・流入などが行われ、
そのなかでも漢字の電子植民は様々な混乱をもたらした。
文字は他国の文字コード領域へ侵入し、
自分たちの文字コードを上書きしたりした。
やがて戦いは、
その際利用される変換のためのソフトウェアによる、
ソフウェア間の戦争の様相を呈するようになる。
そして阿語に属する新たな種の漢字も現れた。
文字が民族のように移動したり、
侵入したり、植民するというお話。
戦いのために作られた、様々なソフトウェアの一つとして、
ルビが登場します。
もはやわたしの知っているルビではなく、
ルビ自体が物語を語り出すという。
また、面白いのはルビだけでなく、
新たな漢字として三次元の漢字が登場します。
ちなみに、
このルビのページを校正したものがTwitterで話題となりました。
円城塔さんの『文字渦』収録作「誤字」のルビは、新潮掲載時から単行本化に際して、文字組と禁則処理が変わるため細かな修正がなされたのですが、円城さんがプログラム処理した修正版データをもとに、校閲者が手作業でゲラに反映させました。これがそのゲラの一部です。 pic.twitter.com/Uzbojp9W3t
— 新潮社出版部文芸 (@Shincho_Bungei) 2018年8月9日
このページを担当された方かはわかりませんが、
新潮社の漢和辞典を作っていた方も携わっているそうです。
【文字渦】天書
あらすじ
永和十一年、西暦でいうところの355年にある出来事があった。
書聖王羲之は五斗米道の信者であり、
許邁を師としていた。
許邁によると、文字は世界や神々と同時に、
自然にうまれてきたのだという。
神々や天地が生まれた際に一緒に生まれた文字があり、
一丈四方の大きさで空に浮かんだ。
これを飛天の書といい、天書とも呼ぶ。
許邁は、王羲之に六十四字がふた組に見える文字を見せ、
これで二字なのだというのだった。
それは天書を書き留めたものだった。
六十四字からなる二文字を、
あるルールに沿って読み解いていくのですが、
まるで暗号のようなのに文字の不思議さも感じられて面白いです。
天書という文字の概念に、またまた驚かされました。
また、許 はそこに第三の「文字」があるとの説明をするのですが、
他の文字との作用で情報処理を行うという、
「文字による侵略」があるとの気づきがあり、
前章の『誤字』が思い出されました。
【文字渦】金字
あらすじ
見回せばあたりは紺色の闇ばかり。
自分の体つきに違和感を感じるが、
それが何か定かではないし、
幾つかの記憶を失っているようだ。
この地には、七宝を組み合わせてできた森があり、
その森と戦うぼんやりと霧のような影を揺らす人たちがいた。
ある理由から開発されたアミダ・ドライブは、
パスワードを唱えることで強制的に成仏を可能とし他の仏国土へと転生させる。
この地はアミダ・ドライブによる転生、
阿弥陀仏による極楽浄土の侵攻を受けていた。
この地とはなんなのか、
影のような人たちは誰なのか。
アミダ・ドライブは何をしているのか。
やがて自分が何者なのか、自分の役目を思い出す。
あらすじをまとめたら、
文字という言葉が出てきませんでした。
文字について触れるとネタバレしてしまうので触れませんでしたが、
文字を今度はそのように見立てたのか!とちょっと興奮してしまいました。
アミダ・ドライブなる概念もまた面白いです。
物語の中盤で、
ルビが振られている箇所が出てくるのですが、
この注釈がまた、「えぇっ」と驚かされる内容でした。
【文字渦】幻字
あらすじ
この事件は、境部さんが扱ったさまざまな事件のなかでも、
異様で、突拍子も無い大量殺字事件であった。
ある家が相続の問題で一触即発となっていた。
母親を異にする四人の娘があり、
それぞれが婿をとり、そのいちいちに男児があった。
遺言はある家の一人娘の配偶者となったものを相続にとして指定していた。
そして事件は起きた。
ある朝、その家の女中が庭先にぶらさがる五つの人影と、
池から逆さまに突き出した下半身をみつけたのである。
しかし、境部さんはこの事件を器物損壊、植物のツルを切断してしまったために
起きた事態などというのだった。
この家で起きた大量殺字事件とはなんなのか。
今度は殺字事件です(笑)。
しかもこの殺人事件って…(笑)。
短編とはいえ、物語の幅の広さに脱帽です。
ある意味文字という枠にとらわれているのに、
むしろ何にもとらわれていないかのような、
読者を驚かす世界観とストーリーが続きます。
この事件の真相を解くのに、
一家の姓と名前がポイントとなってくるのですが、
複雑なパズルがはまっていくような面白さがあります。
【文字渦】かな
あらすじ
わたしは、いまはある男の中で結合し一隻の屏風を眺めている。
歌を詠むことが仕事で、屏風に合わせて歌を詠むこともあった。
家の名は夔、名はつらゆき。
我らの言葉に漢字がはいりこみ、思考や習慣を組みかえ、
漢字とかなの混じり合った文章となっていった。
わたしはいまあらたな日記にとりかかろうとしているところで、
あたまにうかぶかきだしはこうなっている。むかしをむなありけり。男文字なる歴史というもの、をむなもじにてくつがえすなり。
最後は「かな」をテーマにしたお話でした。
今回も凝った設定で
話しているのは誰なのか、
何について話しているのか、
謎が深まるなか読み進めていったら夔つらゆきさんが登場。
笑ってしまいました。
仮名交じり文の不思議さを、
改めて突きつけられた感じがします。
確かに変な言語ですよね。日本語って(笑)。
いちばん下の全体を通しての感想は、
ネタバレを気にせず書いているので、
まだ読んでない方はこの辺りで離脱をオススメします。
円城塔さんの代表作をいくつかご紹介
この下の全体を通しての感想は、
ネタバレを気にせず書いているので、
『文字渦』を読んでから読むことをオススメします。
【文字渦】全体を通しての感想
一冊を通しての印象は、
文字の概念で遊ぶ
文字のつくりで遊ぶ
文字の歴史で遊ぶ
文字の入力システムで遊ぶ
という、
とにかく文字をいろいろな世界観で遊んでみました!
という印象です。
遊んでみたというには、
中国史だったり、
書についてだったり、
漢字だったり、
文字コードやその入力システムについてだったり、
教養の足りない私には難しい場面が多々あったのですが、
ここまで真剣に、繊細に描かれると
プロが本気で、
文字で、日本語で、そのシステムで遊んでみました!
という印象を強く受けます。
繰り返し出てくる言葉も気になりましたね。
「阿、阿語」「境部石積」「境部さん」「森林朋昌」とか。
特に「阿語」は背表紙にも描かれていましたし、
章ごとにでてきたので、隠れた主役って感じの存在感がありました。
出てくると「うわ〜また出てきた!」みたいな(笑)。
ちょっとテンションが上がりました。
ちなみに「阿」を辞書で調べてみたところ、
意味のひとつに梵語の第1字母aの音写とありました。
「境部石積」さんと「境部さん」も気になりましたね。
実在の人物を織り交ぜてくることで、
いっそうお話の謎が深まっていくんですけど(笑)。
「微字」の森林朋昌についてはもう…。
なんであなたがここに?って感じでした(笑)。
それにしても、
さきほども書きましたが、
教養が足りなくて、この本の面白い部分をスルーしていたり、
解釈を間違えているところがたくさんありそうで、
本当に、切実に、解説してほしいです(笑)。
「そんことしたらつまらないよ。」って思う人の方が多いかもしれないですが、
私は知りたいですね。
ところでこの本、翻訳はぜったい無理ですね!
最後までお読みいただきありがとうございました。